Superman

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ゴダイゴコンサート2016@中野サンプラザにおいて、今までになかったアグレッシブなセットリストで筆者をうち震えさせたゴダイゴ。特に『One Dimension Man』からの選曲は本当にうれしかったな。このアルバムの特殊性から二度とライブで聴けないだろうと思っていたから。(ノД`)

このアルバムに関するあんなこととかこんなこととかは、別の機会に扱うとしよう。今日は中野サンプラザでも演奏された”Superman”がトピック。

テーマ

“Superman”のテーマを知っている人がどれだけいるのかな。

♪Call him superman♪

『One Dimension Man』の頃には、筆者の第一次ゴダイゴ熱も落ち着いていた。だから他のアルバムのように全曲を歌詞カード無しで歌えるほど聞き込んではいなかった。けれども”Superman”はサビ部分が印象的だから、部分的に口ずさみながら、歌詞の内容を想像することがあった。

”Superman”と言えば、説明の必要がないほど有名なアメコミのヒーロー。うだつの上がらない新聞記者のクラーク・ケントが、一般市民の危機を察知するや否や、瞬時に赤いマントのスーパーマンに変身。颯爽と空をかっ飛ぶスーパーマン。

“Faster than a speeding bullet! More powerful than a locomotive! Able to leap tall buildings at a single bound!” (弾よりも速く! 機関車より強く! 摩天楼をひとっ飛び!)

“Look! Up in the sky!” (あっ! 空を見ろ!)
“It’s a bird!” (鳥よ!)
“It’s a plane!” (飛行機だ!)
“It’s Superman!” (スーパーマンだ!)

“Superman Homepage – Superman on Radio & Audio”

1978年公開Christopher Reeve主演の映画が大好き。大好き。大好きだったもんで、筆者の頭では当然、ゴダイゴの”Superman”イコール正義の味方のスーパーマンのイメージがすっかり出来上がっちゃっていた。

でも、なんかヘンな感じがする……。

後年、多少知恵がついた筆者は、そのノーテンキな考えを改める。つまり、『One Dimension Man』の歌詞カードに参考文献が掲載されているのだから、そのカテゴリから”Superman”のテーマは、単純なスーパーヒーローではなく、もしかしたらニーチェの「超人」のことかもしれない、と、思うようになった。

哲学的分野で言う超人(ちょうじん、ドイツ語:Übermensch、英語:overman, superman, super-human)とは、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが提唱した概念の一つであり、そのような新しいあり方を体現する人類の呼称である(その、漢字文化圏における表記)。

ニーチェはその著『ツァラトゥストラはかく語りき』において、人間関係の軋轢におびえ、受動的に他者と画一的な行動をする現代の一般大衆を「畜群」と罵った。その上で、永劫回帰の無意味な人生の中で自らの確立した意思でもって行動する「超人」であるべきと説いた。(「超人」Wikipedia 2016/02/03閲覧)

おお、これか~。さすがゴダイゴ! 最後のアルバムに相応しい、哲学的なテーマ! 難しいけど、ニーチェだなんて、カッコいい~~~~!! にーちぇ! ジョニーさんてば! んふんふ。o(^-^)o

Walk On

なんとなく『Walk On』をパラパラめくっていたら、『One Dimension Man』発売前に各曲の解説が載っているページを見つけた。忘れている内容もあって、興味深く読み始めた。

“Superman”の項目でタケは次のように言っている。

これは、率直に覚醒剤の歌。今、方方(ママ)で氾濫してるから、一層のこと覚醒剤を売っている奴を”スーパーマンとでも呼んだらどうですか…”という曲です(笑)。(『Walk On』45号、1984.11-12)

 

∑(((((゚д゚;ノ)ノ

そうだったのですかい……。筆者は絶対にこの記事を読んでいたはずなのに、微塵も覚えちゃいない。それにしても、タケの発言に「覚醒剤」って言葉を見るのは、ゴダイゴがこういう内容の曲をアルバムに入れたのは、ものすごく衝撃的なことだな。たとえそれが社会に対するアイロニーだとしても。

そう言われて歌詞を読むと、確かにそういう意味を表わす単語が散らばってる。

He fills your heart with magic
Through a needle all the time
[…]
When she saw the needle
Her eyes looked terrified
But soon she was sighing
At rest with her mind

 

なんで気づかなかったんだろう。……“needle”なんだよね、キーワードは。”needle”で察しなくちゃいけなかったのに、幼稚というか、無知というか……。

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その他にも、そういうことなんだなと読み取れる部分がある。なんで筆者は、あんなに理想化した妄想をしてたんだろう。

ヒトは見たいものを見て、思いたいように思う生き物なのだ。

固定観念

筆者がゴダイゴファンになった第一次ゴダイゴ熱ピークの頃、『明星』(集英社)には以下のような見出しがつけられていた。

  • 「そもそもゴダイゴとは 父兄公認的天才音楽共同体といえよう」(1979年3月号)
  • 「ぼくたちは愛の国から来た ゴダイゴ・そのスーパー度研究」(1979年4月号)
  • 「毎日が純度100% ゴダイゴ・愛の報告書」(1979年5月号)

「父兄公認的」とか「愛の国」とか「純度」という語句によって形成された初期のイメージに、筆者は絡め取られたままだったみたい。ゴダイゴはそういうのをすでに過去のものとし、おとぎ話の世界から脱却していたというのに。筆者は同じ場所に佇んでいたんだな。

ずーっと。

ぼーっと。

コメント

  1. 私は、インターミッションで完結(と今は納得)したゴダイゴのアルバム群では、ワン・ディメンジョン・マンとフラワーはゴダイゴらしい作品だと思っていますが、ゴダイゴを知った最初から、既に大人だったからでしょうね。私は、ゴダイゴがアカデミックだったから好きだったのです。

    1999年以降のゴダイゴ、特に東京芸術劇場でのゴダイゴで、そのアカデミックさには優秀なマネージャーが必要だったことが、よく分かりました(^^;)。

    ゴダイゴに熱いファンの方々には、ゴダイゴをアイドルとして好きな方と、洋楽として好きな方がいるのでしょうね。大村公演での洋楽ファンの60歳代の男性たちの感想で、ゴダイゴの現状に納得しました。

    • Bluebellさん

      コメントありがとうございます。
      ちょっとこっちの用事でいろいろございまして、ゴダイゴなんか構っちゃいられません。(^^ゞ

      アルバムOne Dimension Manは本当にもったいないと思います。あの時のミッキーのアレンジだったら、ゴダイゴを代表するアルバムになったかもしれなかったのに……。

  2. 西洋近代思想によると、ベンサム(1748〜1832)は「快楽計算」を考え、マルクーゼ(1898〜1979)は著書「一元的人間」を書いたのですね。
    アルバム「ワン・ディメンジョン・マン」は、哲学をモチーフにした大人向けの作品だったのかも知れないと思います…。

    • ご指摘のように、アルバム『ONE DIMENSION MAN』は、お子様ファンを完全に拒絶したような作品だったと思います。

      ファンクラブの会報でも、不評でしたしね。

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