『マジック・カプセル』……
今でも、ジャケットを見るだけでヾ(≧▽≦)ノな気持ちになる。
マジック・カプセルとは
『マジック・カプセル』とは、言うまでもなく、ゴダイゴの映画/ビデオ/ライブLPのタイトル。
『Walk On』15号(1979年11-12月号)が『マジック・カプセル』の特集。
「映画『マジック・カプセル』のプロデューサー」明田川進さんのインタビューが掲載されている。
「マジック・カプセル」は、(中略)ゴダイゴのちゃんとした記録を残しておきたい 、ということから始まったのですよ。それが作っているうちに、だんだんそれじゃ劇場でやって みようか″ということになり、とうとうこの「マジック・ カプセル」が誕生したというわけです。最初、みんなに演技をさせ、こちらの意図するところを引き出そうとしたんだけど、どうも新鮮味がないんですよ。それで、演技などのない自然のままの彼らを撮ることにしたのです。(『Walk On』15号、1978年11・12月号)
演技に「新鮮味がない」、つまり芝居ヘタに慣れていないってコトかな~。
みんな音楽家だからね。ぷぷぷ。
もうひとつのマジック・カプセル
「マジック・カプセル」はゴダイゴ関連会社のひとつの名称でもあった。正式名称は株式会社マジック・カプセル。(tiara_remix注:本文中の社名表記は『Walk On』17号(1980年3・4月号)裏表紙に従う)
明田川進さんをググってみたら、なんと以下のようなプロフィールが出てきた。
虫プロダクションに入社し、音響監督の田代敦巳に師事。1968年、田代敦巳と杉井ギサブローらと共にグループ・タックの設立に参加する。グループ・タック退社後はサンリオ・手塚プロダクションを経て、1970年に音響制作会社のマジックカプセルを設立した。(「明田川進」『Wikipedia』(閲覧日:2018/08/09)、脚注「Staff Interview 明田川進」『別冊映画秘宝 円谷プロSFドラマ大図鑑』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年、69頁。ISBN 978-4-8003-0209-0)
(株)マジック・カプセルの設立が1970年という説が事実ならば、ゴダイゴ結成前ということになる。
(株)マジック・カプセル設立と名称に関する筆者の妄想は以下のとおり。
当時のゴダイゴ関連会社がそれぞれの目的に沿って設立されたように、(株)マジック・カプセルは、ゴダイゴの映画のために設立された。そしてそのグループ会社の統一感のために、社名をゴダイゴの映画のタイトルと同じにした。
けれども、ゴダイゴ結成前の1970年に、(株)マジック・カプセルが設立されたのであれば、実は逆で、既存の社名から映画のタイトルが決められた、ということになる。
えっ……?
σ(。・・。)?
どっちが先?
「タマゴが先かニワトリが先か」みたいだが、「マジック・カプセル」という名称が、映画と社名どちらが先なのかが気になる。
と、思いながら、3年位経った。(これはねー、書きかけのブログ記事があったんでホントなんだ)
筆者の長年の疑問に応えるようなインタビューを発見した。
「マジックカプセル」という社名は、当時僕がプロデュースしていたゴダイゴの映画のタイトルと同じです(※「MAGIC CAPSULE」。1979年公開)。世界に飛びたった彼らのライブを追うドキュメンタリー映画のタイトルがなかなか決まらず、それが決まったら社名も同じものに変えて動いていこうと考えました。
「マジックカプセル」には、いろいろなものが詰まっている意味合いがあって面白いかなと思いました。当時は音の仕事だけでなく、いろいろことをやっていこうという気持ちがありましたし、虫プロの同僚などからも「どうして、明田川はあんなにいろいろなことをやっているのだろう」と思われていたところがありましたので、そういう意味でもいいかなと。「【明田川進の「音物語」】第10回 マジックカプセルの軌跡と、音響監督が同じ役者と組む理由」 (2018/08/09閲覧)
ここで、明田川さん本人が、映画のタイトルが「決まったら社名も同じものに変えて」と言っている。
なので、筆者の妄想はまったく事実からかけ離れていた。
事実はこんな感じだろう。
1970年(←この真偽は未確認)、つまりゴダイゴ結成以前に明田川さんの会社が設立された。数年後、ゴダイゴが大ブレイク。縁あって明田川さんの会社はゴダイゴ関連会社になった。明田川さんは「会社を立ちあげた頃は、ゴダイゴの事務所の一角を借りていました。」と言う。そして、ゴダイゴの映画の制作が決定し、タイトルも決まった。同時に明田川さんの会社名が映画と同じ名称に変更された。
という経緯みたい。
「マジック・カプセル」というフレーズが、ゴダイゴらしく、夢と希望と愛とファンタジーとロマンがいっぱいだから、逆は考えにくかった。スッキリした。
現存するマジック・カプセル
筆者は最近、「忙しい」という名目で、ゴダイゴのことを放っておいて、現実逃避としてアニメを見たりしている。
2018年夏アニメは『はたらく細胞』がオススメ!(^_-)-☆
いや、ポイントはそこじゃない。
そんな筆者の趣味嗜好など誰も興味はあるまい。
『はたらく細胞』のオープニングを見ていたら-。
おおっ! マジック・カプセルのクレジットが……!!
それに音響監督の明田川仁さんは、明田川進さんのご子息じゃないか。
目頭が熱くなった。(ノД`)
株式会社マジック・カプセルが現存していたとは、なんだかうれしい。
明田川さんによれば、「今は略して、『マジカセ』なんて言っている人が多いようです。」(【明田川進の「音物語」】)
んっ?
「マジカプ」じゃないんだね。(^▽^)
以下のインタビューも興味深い。
コメント
自分もマジックカプセル社の成り立ちには興味があって、「1970年」設立という経歴にずっと疑問を持っていたのですが(1978年の『キタキツネ物語』で、明田川氏はサンリオの社員として携わっている)、こちらのインタビュー記事に経緯が載っていますね。「1970年」とはあくまでマジックカプセル社の前身であり、休眠会社だったアイデアコマーシャル社の設立年のようです。謎が解けました!
http://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/106696
明田川進さんによれば、映画『マジック・カプセル』と併映した『星のオルフェウス』の「最初の音楽は、ミック・ジャガーが作曲」&歌だったそうです。
他にも有名歌手が音楽に参加していたのを、サンリオの意向で音楽が差し替えられたとか。(爆)
http://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/106696/
明田川さんが言うように、「最初の音楽のまま日本で公開できていたら、すごい価値があった」でしょうね。
このシリーズによって、(株)マジック・カプセルがゴダイゴの映画制作のために設立された、というお花畑な妄想は吹っ飛びました。
いや、改称当初はそうだったかもしれません。しかし、明田川さんのこれまでのキャリアと(株)マジック・カプセルの存続から、ゴダイゴとの関わりはちょっとした寄り道だったのかもしれないな、と思ったり思わなかったり……。