「MORエッセイ」を探して その3-Deep Red編-

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「MORエッセイ」を探して その3-Deep Red編-
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「MORエッセイ」を探して その1―Prelude編―
「MORエッセイ」を探して その2-Gateway to the Dragon編-

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ついに!

国会図書館への入館手続き、PC での検索と申し込み、という煩雑な手続きと、実際よりも長く感じる待ち時間を乗り越えて、ついに『FMレコパル』が手元にやってきた。

1981年第21号-。

約30年ぶりの再会。

「ありがとう国会図書館」

心の中でつぶやきながら、パラパラとページをめくって「MORエッセイ」を探す-。

目次で見る方が早いのだ、こういうときは。目次でページを確かめて148ページをめくる。
「タケカワユキヒデの MORエッセイ その1 M・O・Rを探して」

あった、あったよ~、探していた「MORエッセイ」が!!

と興奮してみたものの、ちょっと待てよ。

実はこのエピソードは『タッタ君現わる』に収録されている。だからそこまで感動してる場合ではない。
そして次々と手早く各号に当たり、持参した『タッタ君現わる』と照らし合わせながら未収録のエピソードを探した。

えっ!?

目次で号数とページを確かめる、当該ページを開いてタイトルと回数を確認する-。
これらの一連の作業を何度か繰り返した後のことである。

ない……。

1981年第17号、「MORエッセイ」が載っているはずの135ページから136ページまでが、
切り取られている……!

いや~な予感。

そして、1981年の第26号(「MORエッセイ その32」、1982年第4号(その36)、1982年第7号(その39)も……!

切り取られている……。

そして「MORエッセイ」があったはずの場所には、かわりに深紅の画用紙が挟み込まれていた。
そこには、すべての感情を廃し、黒いフェルトペンで、「切り取り p.xxx~xxx」と、書かれていた。

『タッタ君現わる』の目次と照合してわかったことは、欠落しているページは、間違いなく『タッタ君現わる』に未収録のエピソードだということ。

第一日目は、1983年第15号(その48)まで確認したところで、閉館時間になった。

こうなったら!

『タッタ君現わる』に収録されたのは、1981年21号から1983年13号まで(『タッタ君現わる』 p.12)。
すなわち、連載「その1~その45まで」である。その中から未収録の4回分がすべて切り取られているのである。

こうなったら最後まで確かめずにはいられない。

一体どれだけ切り取られているのだろうか……。

ちょっと待てよ、このこだわりは一体どこから来ているのだろう。

そういえばタケも「M・O・Rを探して」の回で、「そもそも、“MOR”とは何ぞや」という疑問から、「麻布の有栖川にある、都立中央図書館」に行ったという話があったなぁ(『タッタ君現わる』 p.69)。原点はそこだろうか。『FMレコパル』を買っていたときは、すでに高校生だったけれど、その時に吸収した<何か>が、今突然こんなところで噴出しているのだろうか……。

出直しじゃ!

2011年7月25日月曜日、第二日目。

今度は午前中から国会図書館に臨んだ。

案の定、後半の「MORエッセイ」は、ことごとく切り取られ、それぞれ深紅の画用紙が挟まれていた。
以下に記録のために、「MORエッセイ」が現存する<号数と連載回数>を書き残しておこう。

【1981年】

*『タッタ君現わる』に全て収録済。

第21号(その1)~第26号(その6)

【1982年】

*連載は第1号(その7)~第26号(その32)まで。『タッタ君現わる』に収録された回のみ全て現存。

第1号(その7)~第10号(その16)、
第12号(その18)~第25号(その31)

【1983年】

*連載は第1号(その33)~第26号(その58)まで。『タッタ君現わる』に収録された回のみ全て現存。

第1号(その33)~第3号(その35)、
第5号(その37)、第6号(その38)、
第8号(その40)、第9号(その41)、
第11号(その43)~第14号(その46)、
第17号(その49)、第24号(その56)、第26号(その58)

【1984年】

*連載は第1号(その59)~第27号(その85)まで。

第10号(その68)~第13号(その71)、
第26号(その84)

【1985年】

*第1号~第15号(連載終了)+第16号(アンコール)

第2号(その87)、
第10号(その95)~16号(アンコール)

以上、2011年7月25日現在。(tiara_remix調べ)

怖い!

前述したように『FMレコパル』は3、4号がまとめられて一冊に製本されている。ページが切り取られたものがあると、製本された表紙に「事故本X号、p.xxx-xxx」と書かれた切手より二回りくらい大きいラベルが貼付される。それで中を開かなくても一見で、切り取られたページがあることが分かるようになっている。

「事故本」と書かれたラベルには、「X号、p.xxx-xxx」が数行重ねられているものもあった。つまりそれは、その行数の分だけページが切り取られていることを示す。

確認したところ、すべて「MORエッセイ」のページだった。

怖かった。

切り取った人の執着/執念が。

マジか?

本稿の「その2-Gateway to the Dragon編-」で述べたように、国立国会図書館で『FMレコパル』を手にするまでには、相当な労力と時間を要する。

さらに、他人の視線を気にしつつ、公共物に傷をつけるという自責の念と闘いながら、特定のページを切り取る行為を執拗に繰り返すのは、もはや常軌を逸している。

タケの連載は、アンコールを含めて101回。そのうちの44回、すなわち44冊分が切り取られていた。これほどの冊数を切り取っている最中の彼/彼女の内心はいかばかりであろうか。

そしてまた、約30年前の雑誌を掘り返して、傷つくことを予期しながらも、最後まで(101冊分)の実態を確かめずにはいられなかった自分も、もしかして常軌を逸しているのかもしれない。

切り取られたページの代わりに挟み込まれた深紅の画用紙-。

開く度に心が痛んだ。表紙に貼付されたラベルを見れば、そこに書かれたページが「MORエッセイ」であり、切り取られていることが推測できる。

また、小口を見るだけで、そこに深紅の筋があることに気づく。赤い筋が二、三本走っている場合もいくつかあった。そしてそれが何を意味するのか、本を開かずとも分かるようになった。それでも、どうしても実際にそのページを開いて確認せずにはいられなかった。

繰り返し現れる深紅の画用紙が
切り裂かれた傷からあふれ出る大量の血-

そんなふうに見えた。


あと一回書きます。
「『MORエッセイ』を探して その4-Magic Capsule編-」へつづく。

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