11月あたりから絶望的に忙しくて……、って言い訳はどうでもいいか。
とゆーことで、今日は2012/12/26開催のタケソロをかる~くおさらいして、2012年を終えようと思う。ヨシ、久しぶりにがんばろーっ! o(^-^)o
バンドメンバー登場-、拍手。
タケ登場。黄緑色/浅黄色/若竹色(?)のジャケット。袖口と裾が少し濃い緑色の生地の切り替えになっている。筆者はファッションセンスのカケラもないもので、そのジャケットを見た時、洗濯で袖口と裾が縮んで、別の生地を継ぎ足したのだろうか、と一瞬思った。そんな奇抜なのかオシャレなのか筆者には判別できないジャケット+シャツ、ナナメ線が入っているタイ。パンツはちょっと思い出せない。
1.“Truly Me”
ドラムから始まるおなじみのイントロ、そしてベースが重なる。さらにアルバムではストリングスが演奏するパートをキーボードがカバー。「おおっ。うまくアルバムを再現してるぜっっっ!!」っと、早くもウキウキ。
でもって、タケの歌が入って-。
♪I listen to a record playing about someone in love…♪
あっ、あーっ……(筆者苦悶)
“Truly Me”を初めてライブで聴いた感激ってワケじゃない。最近のタケにありがちな、声が出ているとか出ていないとか、キーが云々とか、そういう事でもない。……うーん……、いきなりなんとも言えない淋しさに苛まれる。なんだろう、この感覚……。
♪Ah,I wanna know if there’s a song for me
Ah, I wanna show everything I feel♪
サビに入って、原因が分かった。
“Truly Me”は、いわば青年の歌だ。それも青年から大人への転換期に、これから広大な世界に踏み出しく不安や焦燥感が複雑に絡み合っている中で、それでも手探りでなんとかして自分の思いを表したいという心の叫びの歌なのだ。
ああ 僕に合う歌があるなら知りたい
ああ 僕が感じていることすべてを表現したいんだ
タケのデビューアルバム『走り去るロマン』の第1曲目“Truly Me”は、音楽家として歩き始めた当時のタケ自身の姿と重なる。
筆者は2012年の“Truly Me”を聴きながら考えていた。『走り去るロマン』が発売されてから37年も経ってしまった。筆者がこのアルバムを買ったのは、1979年だと思う。1979年から2012年まで、何百回、何千回聴いただろう……。
この歳月の経過の結果、当然だけれど、悲しいけれど、タケの声質は、青年から大人へ、それも成熟した大人の、父親の声になってしまった。もう『走り去るロマン』で表された、あの大人への入口で誰もが抱える繊細だけれど、それでも大人に反抗しながらなんとか自分の目の前の壁を破壊しようとする硬質な芯が見えない。
そうだよな。
発売されてから40年近いんだもの。
当時20代前半だったタケは、今は60歳なんだもの。(。・・。)
タケ……。(゜´Д`゜)
なんてことを考えていたら、MCへ……。
タケ「生誕60周年記念として何かやりたいと思ったものですから、『走り去るロマン』と『LYENA』を全部やっちゃおうという……。ゴダイゴのメンバーがみんな60周年をやるもんで、絶対やんない、と思ったんですけどね、やっちゃいましたね~(笑)」
なんて、ツッコミどころ満載な人なんだ、この人は!(爆)
自ら「生誕」と言ってしまうイタさ加減は、当ブログのどこかでねちっと書いた。誰もアドバイスしてくれる人がいないのか、それを無視して敢えて言っているのか、彼の視界には信者さんしかいないのか。
それはおいといて、このMCを聞きながら、10月22日にモーションブルーヨコハマでやったライブはなんだったんだろう……と脳内に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
だけど、この際、きっかけや理由づけは何でもいいや。『走り去るロマン』と『LYENA』をライブで聴けるのは、筆者にとっては嬉しい。タケが初心に戻って、あの頃の気持ちを思いだして、ライブに反映されるならいい。
今回のMCは『走り去るロマン』と『LYENA』制作当時のエピソードを交えて進む。率直に言えば、これまでのライブや、「MORエッセイ」で語られた内容と重複する話題も多い。それでも『タッタ君現わる』未収録の「MORエッセイ」を集めまくって、タケが語るエピソードをほとんど知っている筆者でも、印刷物より本人の口から聞く方がちょ~楽しい。
ということで、1975年に日本人が<英語で>アルバムを出すことがいかに大変だったか、という話に-。
タケは結構端折って話していたんで、ここで「MORエッセイ」を紐解いてみよう。
タケはレコードデビューを果たすべく、ある雑誌の編集者の紹介で、某レコード会社の有名ディレクターに会いに行く。そのディレクターはタケの曲をいたく気に入ってタケに言う。
「君の曲、とってもいいと思うんだ、ほんとうに。」
(中略)
「ただねェ、英語の詞はだめだね。とってもいい、日本語の詞をつけてやるんだね。そうすれば、チューリップみたいになるよ、きっと。ウン、売れるネ」
その人は、もう、かってに、僕のレコードの構想を決めているようだった。けっこう楽しそうに、自分の考えた事を僕に話してくれた。
(中略)
それまで、だまって、そのディレタターの話を聞いていた僕は、言った。
「なんで、英語のままじゃ、いけないんですか?」
ディレクターの顔付きが、サッと変わった。
「売れないからサ」
「え?」
「売れないんだよ英語じゃ。まず、ぜったい無理だね」
ディレタターは、自分の話の何が気に入らないんだ、という感じで、僕にそう言った。
「でも、誰もやってないでしょう?」
僕は食い下がった。
ディレタターは、ほとんどムキになって言った。
「やってなくても、売れないものは、売れないんだよ」
「でもやってみなくちゃ、わからないでしよう?」
「あのネ、レコードは、実験で作るわけにいかないんだョ」
もう、ディレタターは、完全に、気分を悪くしていた。
しかし、それでも、僕はやめなかった。
「じゃあ、教えてください。シングル盤一枚で、何枚売れたら、元が取れるんですか?」
(中略)
「5千枚ぐらいですか?1万枚ぐらいですか?」
(中略)
「じゃあ、その分の予約を、僕が集めて来たら、レコード一枚、作らせてくれますか?」
「なっ、なっ、何を言ってるんだ、君は。もう、話にならないな!」
捨てゼリフを言うと、そのディレタターは、完全に怒って帰ってしまった。
(タケカワユキヒデ「MORエッセイ その98 レコード出したくない?」『FMレコパル』小学館、1985年、13号、pp.108-109)
「MORエッセイ」によれば、前出の雑誌編集者に「もう最後よ」と言われるまでに、タケは「だいたい、東京にある全部のレコード会社のディレクターを怒らせていた」(109)。
その「最後」に紹介されたのが、ジョニーさんだった。
「2012/12/26 タケソロ レポ その2」へ、つづく。
コメント
このシリーズの大阪公演でのタケカワユキヒデさんの上着は、赤いベルベットでしたよ。還暦だから赤なのではなくて、クリスマス用に赤を着たら痩せて見えたから、今日も赤を着てみたと言っておられました。