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祝! SAS復活! その3(最終回)

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前回までのあらすじ

祝! SAS復活! その1
祝! SAS復活! その2

「祝! SAS復活! その2」では、「銀河鉄道999」が第83回・1979年8月23日に、ゴダイゴとして初めて『ザ・ベストテン』で第1位に輝き、第89回・1979年10月4日まで7週間に渡ってその座を守り、しかし翌週、「セクシャルバイオレットNo.1」(桑名正博)によって、2位に陥落させられたところまでを見た。

「銀河鉄道999」順位の推移

その後、ゴダイゴのランキングは下記のような経緯をたどる。

「祝! SAS復活!」と題した今回のシリーズのコンセプトから、SASのランキングも併せて括弧内に付記しよう。

第90回・1979年10月11日:「銀河鉄道999」第4位(SAS:ランク外)
第91回・1979年10月18日:「銀河鉄道999」第7位(SAS:ランク外)
第92回・1979年10月25日:「銀河鉄道999」第6位(SAS:ランク外)
第93回・1979年11月1日:「銀河鉄道999」第8位(SAS:ランク外)
第94回・1979年11月8日:ランク外(SAS:ランク外)
第95回・1979年11月15日:ランク外(SAS「C調言葉にご用心」第9位)
第96回・1979年11月22日:ランク外(SAS「C調言葉にご用心」第5位)
第97回・1979年11月29日:ランク外(SAS「C調言葉にご用心」第2位)
第98回・1979年12月6日:「ホーリー&ブライト」第9位(SAS「C調言葉にご用心」第2位)
第99回・1979年12月13日:ランク外(SAS「C調言葉にご用心」第3位)
第100回・1979年12月20日:「ホーリー&ブライト」第10位(SAS「C調言葉にご用心」第2位)

この後もゴダイゴが『ザ・ベストテン』に出演している回はあるが、省略する。

気になる方は、図書館ででも山田修爾『ザ・ベストテン』(2008年、pp.283-285)を覗いてみると、「(ノ^^)ノ」←こんな感じで、いろいろ思い出したり、思いがけないことを発見したりで楽しいと思う。

はいポーズ!

あ、図書館の話で思い出した。

『ザ・ベストテン』といえば、番組の最後に出演者全員での記念撮影が恒例だった。この記念写真は番組へリクエストはがきを送った人が抽選でもらえていた。

Wikipediaによれば、番組終了時にその写真を「本にまとめ、国立国会図書館および各都道府県立の図書館に寄贈した」。

つまり、各都道府県立図書館に行けば全国どこでも誰でも閲覧可能ということ。もし身近の図書館になくても、所蔵する図書館から取り寄せてもらえるかもしれない。そして、うまくいけば貸し出し&カラーコピーができるかも。

もちろん図書館の本は大切に扱おう!!!!! (*`´*)キリッ

SAS復活、おめでとう

今回の当ブログのシリーズでは、SASの5年ぶりの活動再開を祝い、SASを一方的にライバル視し、『ザ・ベストテン』のランキングを追ってきた。陳腐な表現だが、SASのこの35年に渡る栄光の軌跡を否定する人は誰もいないだろう。

SASが一貫してポピュラー音楽(=世間一般の人たちにウケる音楽)を追求してきたのに対し、ゴダイゴはどこかでそれをやめてしまったんじゃないだろうか。筆者はリアルタイムのファンだが、「ゴダイゴは、レコードを売る気あんの!?(`´ #)」と、思ったことが何度かある。

もちろんリリースする曲にはレコード会社やタイアップ先の意向があっただろうことは推測できる。ゴダイゴとSASでは、バンドの成立過程や方向性が違う事も知っている。けれども、素人のティーンエージャーの筆者がイメージするポピュラー音楽(=世間一般の人たちにウケる音楽)から、ゴダイゴはどんどんどんどん離れていっているように感じていた。多くのにわかファンが離れたという気持ちもよく分かる。筆者だってにわかファンの一人だから、その可能性は1985年のアレまでに複数回あった。(1985年のアレからしばらくして、本当にファンからドロップアウトしたけれども……)

「銀河鉄道999」と入れ替わりのように『ザ・ベストテン』にランクインした「C調言葉にご用心」-

♪あ ちょいと C調言葉にだまされ
泣いた女の涙も知れずに
いっそこのままふらちな心で……♪

桑田のセンスは、色んな意味ですごいな。明らかに狙ってやっていて、ちゃんと結果が出ている。本当にすごい。神様から何かもらってるな。

タケにはこんな「ふらちな」歌、絶対に作れない、いやその前に歌えない。タケが歌う「C調言葉にご用心」がどんなにスカスカでスベり倒すか、実際に聴いて確かめてみたい気もする。(この独善的断定を覆して欲しいのが本心。)

まぁ、一回歌ってごらん、聴いてあげるから。(-.-)y-゜゜゜
(↑一体何様のつもり!?)

この前のタケのカバーアルバムから分かるように、タケソロライブのアンケートの「タケに歌って欲しい曲」という設問に、『ザ・ベストテン』登場曲が書かれていても、時代を考えれば不思議ではない。「みんなバラバラな曲を書いてる」ってタケが言ってたから、誰か「C調言葉にご用心」を、いやあの桑田独特のSASの曲をリクエストしちゃってるかもしれない。タケがソロライブでSASを歌っちゃうかもしれない。レコーディングしちゃうかもしれない。あれっ……、なんだか背中がゾクゾクする。夏カゼだろうか……。

SASの何があれほど多くの、圧倒的に多くの世間一般の人たちを長年惹きつけてきたのか。

それを考えると、ゴダイゴにないものが見えてくる。

残念だ。本当に……orz。

ゴダイゴとSAS、かつては『ザ・ベストテン』のランキングを争っていたけれど、今は素直な気持ちで言いたい。

SAS復活、おめでとう!!! (*^ー^)ノ

おわりに

さて、当ブログ「祝! SAS復活!」シリーズの締めくくりに、明記しておきたいことがある。

先ほどの「SAS復活、おめでとう!!!」という言葉は本心からであり、偽りは微塵もない。

しかし正直なところ、筆者はSASのファンではない。

ゴダイゴファンである。

念のため。

「祝! SAS復活!」おわり。

参考文献
山田修爾『ザ・ベストテン (新潮文庫)』、2008年、pp.283-285

ゴダイゴ
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Miscellany

コメント

  1. ABCDE気持さん
    コメント&ねぎらいのお言葉、ありがとうございます。
    事務所の視点からという分析は、めちゃくちゃ面白かったです!
    さすがっ! (*^ー^)ノ

    ABCプロモーションとは、早い時期に業務提携を解消してしまったのですね。
    79年の快進撃を見れば、業務提携をしない(経費支払不要)という選択は妥当でしょう。
    私の見立てでは、一緒ですよ、どっちでも。

    SASのCM、車でしたね。TVで見かけて、「ゴダイゴにやらせろ~!」と、暴れてしまいました。
    あ、家の中で。

    優秀なブレーンと戦略は大事ですな。(-.-)y-゜゜゜

  2. ABCDE気持ちさんの分析を読んで、インタレスティングだと思いました(^^)。
    町内会の夏祭りでも、イベント(興行)を行うには、日程と役割分担と予算は決めますよね?
    終わったら、決算はしますよね?
    町内会に例えたら、総務班に当たるのが、事務所と言うことになるのでしょうか?
    総務って、書類の準備をしたり、議事録を書いたり、大変な作業量ですよね!
    日本の音楽産業の事務所でも、きっと、大勢の人が大変な仕事を成し遂げておられるのだろうと思います。自分ではない誰かを輝かせるために、地道な作業を続けておられる日本の事務所の皆様に、私は敬意を表したいです。

  3. まずはシリーズ連載の完了、お疲れさまでした。
    さて本題。今回比較されたゴダイゴとSASは’79年当時において、ロック御三家(原田
    真二、チャー、ツイスト)に続いてメディアに頻出した、新たなロックスターでした。
    所属も共に’77年頃に設立された、新興の事務所(ゴダイゴは株式会社ゴダイゴ&
    ジェニカミュージック、SASはアミューズ)という共通点もありました。
    SASにあってゴダイゴにないもの…。確かに挙げていけばいろいろありますね。

    ・ファンの年齢層の差(年齢層の低さ=購買力の弱さ。また他のアーティストや
    アイドルへと目移りする、不安定さがある)
    ・’80年代、’90年代、’00年代にヒットを放ち、新たなファン層を作っていったSAS
    ・各年代の感情に響く日本語詞を歌うSAS、(基本的に)英語詞を歌うゴダイゴ
    現在、アミューズはメディア、楽曲管理などを含めた一大エンタメ企業に成長しました。
    ’80年にジェニカミュージックグループが、レコード会社・出版・映画製作・版権管理etc.
    を擁した総合的な音楽企業グループを目指しながらも頓挫。今、それを実現したのが
    アミューズだったとは、ゴダイゴファンとしてはあまりにも口惜しい結果としか言えません。
    ’79年のゴダイゴの快進撃は『ザ・ベストテン』も含む、あらゆるメディアへの露出の賜物
    だったと私は思っています。’79年当時にメディアへのプロモートに協力していた、ABC
    プロモーションが’80年以降も提携を続けていたら、’80年代のゴダイゴはどうなって
    いただろうかとしばしば妄想します(苦笑)。

    先日のSAS再始動のニュースが出た途端、新曲をBGMにした車のTVCMがガンガン
    流れたり、その数日後発売の写真週刊誌には既に再始動関連のグラビアが載って
    いたりと、「如才ない」という印象ですね…。
    本当に、これこそ良くも悪くもゴダイゴに欠けている点です。

  4. Bluebellさん
    コメントありがとうございます。
    ジョニーさんはプロデューサーですから、ゴダイゴを売るためのコンセプトを考えるのは、ジョニーさんの仕事だったでしょうね。ですがただ単にトップダウン方式ではなく、メンバーと話し合いをもって、調整をしていたと思います。私の想像でしかありませんが。
    今のゴダイゴに、プロデューサーも作詞家も不要です。
    私がファンに復帰してから2年経ちました。
    この2年間の事象から、私はそう分析しています。

  5. メグメグさん
    コメントありがとうございます。
    私も『文学金魚』のミッキーのインタビューを読みました。
    http://gold-fish-press.com/archives/13503
    「いろんな職業の人が元気になってくれたら」という発言は、読み飛ばしていました。この話は初めて聞いたぞ、とも思いますが、前後を読むと、やはり戦後の時代とか、ミッキーが育ったのが、米軍基地がある横浜だったこと、当時の社会事情を知ると納得します。
    それから、現状ではヒット曲は無理! (ι`・ω・´)ノ キッパリ!!
    この独善的断定を覆してほしいのが本心です。

  6. 今、私なりに、ゴダイゴの歴史を分析してみると、ビジネスとしてのゴダイゴのコンセプトは、ジョニー野村さんが考えていたのではないかと思われます。
    ミッキー吉野さんには、回りの人のアイデアを利用する能力があるから、吉野さんの言葉は、吉野さんのオリジナルではない可能性もあるなぁと、最近の私は読み解いています(^^)。
    ゴダイゴの大ヒットは、プロデューサーのジョニー野村さんと、作詞家の奈良橋陽子さんの功績も大きかったのだろうなぁと、今の私は思います。
    また、ゴダイゴに、プロデューサーと作詞家が現れれば良いですね(^^)。

  7. ミッキーさんの(ウェブ雑誌の文学金魚)インタビューによれば、「必ずしもヒットを飛ばしたいと思ったわけではなくて、僕らの曲を聴いて、いろんな職業の人が元気になってくれたらという気持ちで作ったのがゴダイゴです。」と、ありました。
    とはいえ、活動する上で必要なのは、資金。
    ならばヒット曲を作ればいいじゃないか、と世に送り出したのが「ガンダーラ」であり、「モンキーマジック」と言うのを以前何かで聞いた事があります。ヒット曲を作るのは簡単だともあった気がします。
    ならば、お願いします。再びヒット曲を!と思うのは、私だけじゃないはず。

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