“Monkey Magic” その2 | Miscellany
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“Monkey Magic” その2

“Monkey Magic”なのに続きモノです。
お時間のある方は↓からどうぞ。
Monkey Magic その1


前回は、“Take and Yoko Chatting About Music 21”(THE STUDENT TIMES Friday, February 16, 1979, p.12)から、“magic monkey”と“monkey magic”の違い、“Monkey Magic”の“monkey”が含むニュアンス、それから、セックス・ピストルズのSid Viciousが、なんと“Monkey Magic”を歌うかもしれなかったという衝撃の事実が判明した。今回は、件の記事に対する筆者の雑感をつらつらと……。

タケの言い方を見ると、Sid Viciousが“Monkey Magic”を歌ってたかもしれないというのは、結構実現に近かったような感じがするけど、どこまで話が進んでいたんだろう……? まぁ、Sid Viciousは後に“My Way”とか歌ってるから、『西遊記』のイギリス向け放送のために、“Monkey Magic”を歌うってこともありえたのかも。もし本当にそれが実現したとしたら、どんな風に歌ったんだろう。原曲のままかな。それか、超パンク・アレンジで歌っちゃってたりして。ミッキーのパンク・アレンジってのも、聴いてみたかったな。

それはさておき、セックス・ピストルズ解散の理由は、実際には記事内でタケが語った会場云々ということだけじゃないだろうな。それにSid Viciousの死因も気になる(と、言って、ググってみた。で、ナットク)。考えてみれば、あまりに面倒臭いこのバンドのこととか、今思えば、70年代のロック/パンクバンドのメンバーには、さもありなんな彼の死因は、THE STUDENT TIMESの読者の青少年には刺激が強すぎる。だからタケは知っていて、敢えてさら~っと流したように思う。

ところでこの記事を読んでちょっと気になったのは、タケの言葉の中に出てきたSid Viciousのマネージャーと“Monkey Magic”の話をしたという「僕ら(ゴダイゴ)のディレクター」のこと。

ジョニーさんはプロデューサーだから、ディレクターと言えば日本コロムビアの清水美樹夫さんのことかな。『Walk On 18号』(1980年5・6月号)の「スタッフ紹介」頁によれば、彼はタケのデビューアルバムからゴダイゴのアルバムまで、一貫して制作・プロモーションを手がけてきた人。ちなみに清水さんの奥さんは、なんたる偶然か、ジョニーさんの妹のマリアさん。清水さんはジョニーさんと知り合う前に、すでにマリアさんと知り合いだったようだ。そう言われてみれば、ゴダイゴが出演した映像のスタッフロールで、「清水さんの名字+ジョニーさんの妹さんの名前」というクレジットを見かけたことがあるけど、あれって清水さんの奥さん(=ジョニーさんの妹さん)のことかな。それとも同姓同名の別人だろうか……。

たとえば『ロックが中国に入った日』(テレビ東京、1981年1月1日、16:00-17:48)の「協力」の6人目(10:32頃)とか……。

(– )ウーム ←考えても分かりません。

ついでに、今回のトピックの“Monkey Magic”と全然関係ないけど、清水さんの名前が出たので『Walk On18号』の清水さんの特集頁からちょっとオマケ。
清水さんはタケと初めて会ったときの印象をこう語っている。

タケとはこのアルバム(tiara_remix注:『走り去るロマン』)をつくるときにはじめて会ったんだけど、第一印象は「なんて生意気なヤツだろう」っていう感じだったな。(笑) ここ数年はずいぶん落ちついて、愛想がよくなったけどね。でも音楽的な才能はずいぶんある人だなって思った。

清水さんにまで「生意気」って言われてる~~。

どれだけ生意気だったんだろう、( ^-^)σタケ。ぷ。

そんなこんなで、「“Monkey Magic”その3」につづく。

中国后醍醐 中国后醍醐
(2008/03/19)
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Comments

  1. tiara_remix より:

    ABCDE気持 さん
    情報ありがとうございます。
    『ロックが中国に入った日』のクレジットは、きっと彼女でしょうね。
    個人名でクレジットされているということは、会社とは別ということかもしれませんね。

  2. ABCDE気持 より:

    取り急ぎ、
    ジョニー野村氏の妹さんであり、日本コロムビアの
    ディレクターの清水氏の奥様であるマリア氏は、
    当時の(株)ジェニカミュージックグループの出版部門に
    あたる、「(株)ジー・ピー・エス」の代表でした。

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